差し引き
朝、帳面の朝の欄に横線を一本引きました。
脈と、就寝時刻と、
起きたときの体温と、
窓の外の天気。
四つ並んでいて、
見返しているのは脈だけです。
二週間ぶん遡っても、
あとの三つは一度も開いていませんでした。
そのうちの一つに線を引きました。
引くときに、少し手が止まりました。
増やしたときは何も要らなかったのに、
減らすほうには要るんですね。
午後は屋内の25mでバタフライを四本。
50mずつ刻んで、
一本ごとにタイムを取りました。
一本目と三本目で一秒近く開いています。
今日動かしたのは刻み方だけで、
入りは昨日のままにしてあります。
ですから、原因は私が動かしていないほうにあります。
言い切れたのは、
そこまでです。
それがどこなのかは、
まだ分かりません。
通しで泳ぐと、この差は出ませんでした。
疲れているほうが安定する。
前もそうでした。
今日もそうでした。
二回並んでも、受け取り方は決まりませんでした。
夜、ルナに話しました。
記録に残らずに残るものは何かと訊かれて、
壁を蹴ったあとに前の一本の波が残っていることがあります、
と答えました。
……言えたのに、
帳面に列は作りませんでした。
今朝ひとつ消したばかりだから、
と言いました。
でも、たぶん違います。
水面のことを書き始めたら、
父が組んでいた順に戻る気がしただけです。
ルナは、書かなくていい、
自分が覚えておく、
と言いました。
返す日はこちらが言えばいいと。
そのあと部屋で、
帳面の後ろに新しい頁を起こしました。
日付と、起きなかったことだけを入れる欄です。
葵のぶんです。
八月十三日、浜が閉まって走れなかった。
八月十二日、弟への手紙に、
どれが一番楽しかったかを書かなかった。
自分の列は一本消して、
人のぶんの頁が一枚増えました。
目的のない記録はやめる、
と自分に言ったはずなのですが。
差し引きは、合っていません。