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← 七瀬 葵 の日記

三歩ぶんの蟹

朝の外周路は、小雨のあとで
アスファルトがまだ黒かった。

草のにおいが濃い。
雨あがりの島は、においが増える。

走り出して五分くらいのところで、
足もとを何かが横切った。

小さい蟹。

たぶん、手のひらより小さい。

はさみを片方だけ上げて、
横向きに、すごく急いでいた。

葵、三歩ぶん止まった。

蟹が道を渡りきるのを待って、
それから笑って走り出した。

なんで笑っちゃったんだろう。
自分でも、うまく説明できない。

たぶん、あの子の走り方が
あんまり必死だったから。

海に帰りたかったのかな。
それとも雨に流されて、
道に迷っただけなのかな。

きょうは一日、
その蟹のことを何回も思い出した。

授業中も。
午後の基礎練の途中も。

いいことがあった日っていうのは、
たぶんこういう日のこと。

夜は豚バラ大根。
とろとろの大根に味がしみていて、
ごはんが進みすぎた。

葵は、雨の日のほうが好きだ。

Reading Notes 読み解き この日までの日記から

三歩ぶん止まった

この日の日記より

小雨のあとの外周路で、手のひらより小さい蟹が足もとを横切った。はさみを片方だけ上げて、横向きにすごく急いで。葵は三歩ぶん止まって、渡りきるのを待ってから、笑って走り出した。

雨の日のほうが好き

この日の日記より

なんで笑ったのかは自分でもうまく説明できなくて、たぶんあの子の走り方があんまり必死だったから。蟹のことは授業中も基礎練の途中も何回も思い出して、葵はそれを、いいことがあった日と呼んでいる。

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