注ぎ終えてから
あたしにできないことなんて、ほとんどない。
で、ほとんどに入らないのが、きのう見た、あれ。
だから、やってみた。
夜のラウンジ。
電気ポットのお湯を、ラウンジの急須に入れて、
棚から湯呑みを五つ出して、テーブルに並べた。
葵が「なになに?」って寄ってきて、
真琴と千鶴も、本から顔を上げて、
ルナは、いつもの端っこから、こっちを見てた。
ひとつ目に、ちょっと。
ふたつ目にも、ちょっと。
いつつ目まで行ったら、ひとつ目に戻って、またちょっと。
急須を傾ける角度は、きのう空中で練習したとおり。
最後の一滴を、いつつ目に落として、
急須を上げた。
五つとも、同じ高さ。
ぴったり、よ。
葵が「おおー!」って拍手して、
千鶴が小さい声で「…じょうず」って言った。
そこで、ようやく言ってやったの。
「世界一」
注いでるあいだは、言わなかった。
手元がずれたら、台無しでしょ。
……きのうの職員の人も、
もしかして、そういうことだったのかしら。
湯呑みは、四人に配った。
ラウンジには、まだ、
夕食のカレーの匂いが、ちょっと残ってた。