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← 夕凪 千鶴 の日記

三回

三回、と決めていました。

戸をたたく回数です。

二回では急かすようですし、
四回では、しつこい気がして。

晩ごはんがすんでから、ラウンジの入口で、
あの口上を、一度だけ試すことになりました。

訪ねる役が、わたし。
部屋の中の役が、葵ちゃんです。

こん、こん、こん。

名前を言って、お辞儀をして、口上を言いました。
最後の最後で、舌がもつれました。

葵ちゃんの返事は、ひとことでした。
お菓子は無い、と。

……そのあとのことを、わたしは決めていませんでした。

いたずらを、しなければなりません。
自分でそう言ったのですから。

でも、人にする悪いことが、ひとつも浮かびません。

困って前を見たら、
葵ちゃんの制服の襟が、片方だけ内側に折れていました。

手が、勝手に直していました。

「ご、ごめんなしゃい」

直しておいて、謝りました。

壁ぎわのルナちゃんに「もっとやれ」と言われて、
肩がはねました。
もっと、と言われても、襟はもう、まっすぐです。

そのあと、凜ちゃんが、ぜんぶまとめてくれました。

三十一日に、五人で、寄宿舎の部屋を一つずつまわること。
口上は、わたしが直したものを使うこと。
迎える側は、渡すものを一つ、戸口に支度しておくこと。

わたしの口上が、決まりごとになってしまいました。

消灯の少し前。

廊下を戻るとき、葵ちゃんの部屋の前に、
運動靴が、片方ずつ別のほうを向いて転がっていました。

しゃがんで、そろえました。
つま先を、外へ向けて。

今度は、謝りませんでした。

夕食のお皿は、塩焼きのさんまでした。
朝の船で届いたものです。

はらわたの苦いところまで、きれいにいただきました。

Reading Notes 読み解き この日までの日記から

襟

この日の日記より

いたずらをすると自分で言ったので、何かしなければならなかった。悪いことが浮かばず、目に入った折れた襟を直す手が先に動いた。直して謝るのは、人の世話がいたずらの場所に入ってしまったからだ。

謝りませんでした

この日の日記より

襟を直したときには謝ったが、靴をそろえたあとには謝らなかった。同じように人の身の回りを整える手つきでも、廊下ではいたずらを求められていない。戸口の練習が終わっても、そろえる動作は続いている。

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