一人一つ
口が、先に動いてた。
夕食のあとのラウンジ。
千鶴の口上を、戸口で一回だけ試すことになって、
あたしは腕を組んで見てた。
千鶴は、戸を三回たたいて、名乗って、
あの丁寧すぎる文句を言って、いちばん最後で噛んだ。
葵が「お菓子、ない!」って答えたら、
千鶴は固まって、葵の襟を直して、謝った。
それが、いたずら。襟を直すのが。
で、葵が気づいちゃったのよ。
何も出さなければ、千鶴に世話を焼いてもらえるって。
ばっかじゃないの。
全員が何も出さなかったら、
五人でぞろぞろ、襟を直して回るだけじゃない。
そんなの、行事でも何でもないわよ。
だから言った。
「出すのよ、一人一つ」
お菓子じゃなくていい。
中身は、当日まで言わないこと。
真琴がうなずいて、
葵が「はーい」って手を挙げて、それで決まり。
もう、しょうがないんだから。
あたしがまとめてあげないと、
朝まで襟の話をしてたわよ、あの人たち。
……なのに。
自分の部屋のドアを閉めてから、気がついた。
あたしは、何を出すの。
言ったのは、あたし。
一人一つって、あたしも入ってる。
考えてなかった。ひとつも。
午後のリンクでは、ショートを頭から最後まで、通しで一本。
あっちは、考えなくても身体が知ってるのに。
言い出した本人の、からっぽの両手。