葵じゃなかった
「葵じゃなかった!」
笑いながら、思わず声に出しちゃった。
静かな会なのに。
お昼すぎの二時、
まこるんの表のとおりに、おにぎりを一個食べた。
鮭のおにぎり。
これで三時は、ぜったいだいじょうぶ。
三時、中庭の縁台。
五人と、食堂の人たち。
急須から、ほうじ茶を注いでもらって、
小皿には、栗の渋皮煮がひとつずつ。
それから、だれも始めなかった。
ちーちゃんに教わった持ち方で湯呑みをかかえて、
葵は、ずっと待ってた。
自分のお腹が鳴るのを。
鳴らないでって、思ってたはずなのに、
いつのまにか、待ってた。
……鳴らない。
ほんとに、鳴らない。
そしたら、となりから、
くぅ、って小さい音がした。
まこるんだった。
まこるんの耳が、まっかになってた。
みんな、いっせいに笑った。
食堂の人たちも、笑ってた。
葵も笑って、それで、
「葵じゃなかった!」って。
それから、みんなでお茶を飲んで、渋皮煮を食べた。
渋皮煮、とろっとして、あまくて、うまっ!
笑いがおさまったら、
また、みんな黙っちゃった。
でも、こんどは、だれも何か言おうとしなかった。
葵も、言わなかった。
言わなくて、よかった。
急須が空っぽになったら、
食堂の人が立ち上がって、それでおしまい。
はじまりも、おわりも、
だれも「はい」って言わなかった会。
空になった急須と、
最後まで静かだった、葵のお腹。