5キロ落として
雨後の路面。
いつもより5キロ落として一本目。
フロントが逃げる手前、タイヤの声が変わる位置が、
ドライより一秒早い。
一秒じゃない、多分もっと短い。
数字にはできないが、そう聞こえた。
プールの排水、音が変だ。
廊下で澪川に言った。
任せてくれる返事だった。
機械の異音を先に拾うのは、たぶん耳が変化に慣れていないからだ。
慣れてしまえば、聞こえなくなる。
それは知っている。
食堂で久遠寺に湯呑みを渡した。
ありがと、と返ってきた。
過不足のない距離だった。
夕凪は風呂で顔を伏せていた。
あの怯えた声には、慣れない。
七瀬の朝食への誘い。
断る理由がなかったから頷いた。
それが『嫌でない』ということなのかもしれない、
と、ぬいぐるみに向かって呟いた。
ぬいぐるみは黙っていた。
当たり前だ。
Niente(何もない)。