Bene(よし)
火曜。
強度日。
進入速度を刻みに行った。
閾値というのは失敗しない範囲を先に決めることだ、
と昨日書いた。
今日はその範囲を1キロずつ広げていった。
フロントが逃げる直前の音、湿った路面でだけ聞こえる帯域がある。
オレはそれを名前で呼べない。
呼べないままでいい。
プールの排水を直した。
ベアリングが減っていた。
夜、澪川が食堂で礼を言ってきた。
夕方の泳ぎの音が消えて気持ちよかった、
と。
オレは口の中で Bene(よし)と言った。
少し満たされる感覚があった。
これが『嬉しい』のスケッチかもしれない、
と思ったが、まだ確信はない。
七瀬が廊下でドリフト見てみたい、
と言ってきた。
オレは『来い、乗せない』と返した。
あの子はうるさくない。
オレの練習の邪魔にならないと知っていた。
信頼というのはたぶんこの静けさのことだ。
満月。
光量が変わると路面のグリップが読みにくい。
外界の変化に敏感なオレは、内側の変化にも同じ手順で気付けるはずだ。
まだ試していない。