一冊だけ
「貸し出し、一冊ですね」
図書塔のカウンターで、
係の人にそう言われて、
はい、と小さく答えました。
借りたのは、郷土料理の本です。
祖母の住む地方の料理が、
写真と一緒に、
たくさん載っている本。
雨の土曜日で、
午前中はずっと
図書塔で過ごしていました。
棚のあいだを歩いていたら、
背表紙に、祖母がよく作る料理の名前が
小さく書いてあるのが見えて。
気づいたら、
机に持ってきて、読んでいました。
知っている料理が載っていると、
作り方の順番が、
祖母のとちょっとだけちがっていて、
つい指でなぞってしまいます。
途中で、葵ちゃんが
となりの机に来ました。
「それなに読んでるの?」
と聞かれて、
思わず本を抱えてしまいました。
表紙、見えていなかったと思います。
たぶん。
帰りに、その一冊だけ借りました。
十一月の発表会のことが、
頭にないと言ったら、うそになります。
でも、料理の本を借りるのは、
発表会がなくても、していたことです。
わたしは、本を一冊借りただけです。