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← 夕凪 千鶴 の日記

重し

「ちーちゃん、見学に来たよー!」

ノックと一緒に、葵ちゃんの声がしました。

十時すぎ。

わたしは、机で便箋に向かっていました。

材料の下の、分量の欄。

朝から、ずっと白いままの欄です。

「ひゃっ」と言ったときには、
もう、体が勝手に動いていました。

枕元の郷土料理の本をつかんで、
便箋の上に、ぱたん、と置いたんです。

「ど、どうぞ……」

葵ちゃんは入ってくるなり、
机の上の本を見つけました。

「それなあに?」

「こ、これは……重し、です……」

葵ちゃんは「重し!」と言って、
なぜか感心したみたいに、うなずいていました。

見学といっても、わたしの部屋には、
見せられるようなものは、なにもありません。

葵ちゃんは、窓の外と、
わたしの湯呑みをしばらく眺めて、

「ちーちゃんのお部屋、おばあちゃんちのにおいがする」

と言って、次のお部屋へ行きました。

本は、まだ一度も開いていません。

開いていない本が、
便箋を隠す重しになっています。

十二時の食堂は、にぎやかでした。

つやつやの照り焼きに、赤いお赤飯、
紅白のなますに、すまし汁、茶碗蒸し。
最後に、紅白のおまんじゅう。

わたしは、茶碗蒸しを、
いつもよりゆっくり食べました。

さじを入れると、ふるっと揺れて、
底のほうから、銀杏がひとつ出てきました。

きのう中庭に落ちた実とは、
たぶん、べつの銀杏です。

Reading Notes 読み解き この日までの日記から

重し

この日の千鶴の日記より

分量が載っているかもしれない本を、分量の書けない便箋の上へ置いた。本の中身には進めず、閉じた表紙で書きかけを隠している。「重し」は本がいま何をしているかだけを、葵に伝える答えになった。

見せられるようなもの

この日の千鶴の日記より

千鶴は見せられるものがないと書くが、葵は窓や湯呑みを眺め、部屋のにおいを言葉にした。用意した出し物がなくても、来た人には目や鼻に入るものがある。隠した便箋とは別のところを、葵は見て帰った。

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