ひとつかみ
郷土料理の本の、表紙の角が、
すこしだけ丸くなっていました。
一週間、枕元に置いていたからだと思います。
午前は、アリーナでサーブを四十本。
曇っていた空が、打っているあいだに晴れて、
高い窓の光が、床にもどってきました。
お昼すぎ、部屋にもどって、
その本を、はじめて開きました。
目次で「いも煮」を探して、
その頁をひらくと、
材料と分量が、きちんと並んでいました。
里芋にも、牛肉にも、おしょうゆにも、
ぜんぶ、数字がついていました。
わたしが書けなかった数字が、
ぜんぶ、そこにありました。
材料の欄を、上から順に指でたどって、
いちばん下まで来たところで、
指が止まりました。
ごぼうが、ありませんでした。
わたしは、いも煮に、いつもごぼうを入れます。
おばあちゃんのいも煮には、入りません。
この本のいも煮にも、入っていません。
入れているのは、わたしだけです。
本を閉じました。
便箋の、材料のいちばん最後に、
「ごぼう」と書き足しました。
それから、分量の欄に、
ひとことだけ書きました。
「おねえちゃんの手で、ひとつかみ」
数字は、ひとつも書きませんでした。
便箋をたたむ前に、
いちばん下に「追伸」と書いて、
その次の行に、
「十一月に」
とだけ書きました。
その先は、書きませんでした。
封をして、切手を貼って、
ラウンジの郵便棚に入れました。
次の水曜日の船まで、
封筒は、あそこで待っています。
あしたは、月曜日です。
水曜日まであと何日かは、
やっぱり、数えないでおきます。