通りかかっただけ
かさ、って音がした。
寄宿舎の裏口。昼すぎ。
振り向いたら、猫が一匹、
置きっぱなしの空き箱のふちに、前足をかけてた。
南側の店のあたりで、よく寝てるやつ。
片足を入れて、
もう片足を入れて、
中でぐるっと一回まわって、
すとん、って丸くなった。
……。
言っとくけど、通りかかっただけよ。
朝は、まだ暗いうちにリンクで30分滑って、
午後は自由だから、ちょっと外の空気を吸ってただけ。
箱は、たしか葵がルナからもらったやつ。
知らせるべき?
知らせなかった。
だって、あたしが猫を眺めてたみたいじゃない。
そのまま、どのくらい立ってたかは、知らない。
数えてないもの。
葵が走ってきて「あーっ!」って叫んで、
こっちを見るから、先に言ってやった。
「み、見てたわけじゃないんだから!」
葵は、何も聞いてなかった。
……最悪。
そのあとルナが来て、千鶴が来て、真琴まで来た。
千鶴は、猫に口上を言ってた。猫にまで敬語。
葵は、箱を猫に貸すんだって。
五人で箱を囲んで、
誰も、手を出せなかった。
部屋に戻って、窓辺を見た。
ローズマリーの束は四つ、ちゃんとある。
あと何日で乾くのか、
指を折りかけて、やめた。
数えないって決めたのは、
跳ぶ本数だけじゃなかったかしら。
ところで、あの猫。
夕ごはんは、どこで食べてるの。