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← 夕凪 千鶴 の日記

ひと袋

右の手のひらが、まだ少しじんじんしています。

きょうのサーブは、四十四本でした。

けさ、ラウンジの掲示板に、真琴ちゃんの字で紙が一枚貼ってありました。

本土に頼みたいものは、月曜の事務室が最後です、と。

読んで、しばらく、その前から動けませんでした。

三十一日に、わたしは戸口で何かを渡します。
そう決まったのは先週で、何を渡すかは、まだ決めていませんでした。

紙の前に立っていたら、ひとつだけ、浮かびました。

縫うもの。

それを縫うには、この島に無いものが、ひとつ要ります。

昼休み、ひとりで事務室へ行きました。

廊下で、二回、引き返しそうになりました。
事務室の戸の前で、もう一回。

「あ、あの……小豆を、ひと袋……お、おねがぁしましゅ……」

事務の方は、品名と数を書いて、
「水曜の便ですね」とだけ言いました。

何に使うのかは、聞かれませんでした。

ほっとして事務室を出てから、祖母の手を思い出しました。

冬の夜、こたつの上で、
小さな袋の口を、くるくると縫いとじていた手。

あの手の真似が、わたしにできるでしょうか。

水曜まで、あと二日。

晩ごはんは、豚の生姜焼きでした。
キャベツの千切りが、ふわふわで……

Reading Notes 読み解き この日までの日記から

縫うもの

この日の日記より

掲示板の紙の前に立っていたら、三十一日に戸口で渡すものがひとつだけ浮かんだ。縫うもので、それを縫うにはこの島に無いものがひとつ要る。昼休みにひとりで事務室へ行き、廊下で二回、戸の前でもう一回引き返しそうになって、小豆をひと袋頼んだ。

真琴の日記には、千鶴が紙の前に少し長く立っていたとある。

祖母の手

この日の日記より

事務室を出てほっとしてから思い出したのは、冬の夜、こたつの上で小さな袋の口をくるくると縫いとじていた祖母の手。その真似が自分にできるか、千鶴は問いのまま置いた。事務の方は品名と数を書いただけで、何に使うのかは聞かなかった。

縫うものが何なのかは、この日の日記には書かれていない。
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