渡す順番
10ミリのスパナ。
手入れのとき、いちばん最初に使う。
土曜の朝は、授業がない。
開校記念日だそうだ。
車庫でマシンの下回りを見ていたら、
九時半ごろ、七瀬が入ってきた。
「見学に来たよ」
返事はしなかった。
手も止めなかった。
ボルトを一本外したところで、
左手を、うしろに出した。
いつもは、自分で工具箱から取る。
出した手に、スパナが乗った。
10ミリ。合っている。
使って、置いて、また手を出す。
次は、ドライバー。これも合っている。
それから、トルクレンチ。
ウエス。ブラシ。12ミリ。
何度出しても、合っていた。
工具の名前は、一度も言っていない。
七瀬は、オレの手と、マシンのほうを、
交互に見ていた。
それだけで、渡す順番が分かっていたらしい。
一度も、間違えなかった。
それは、言わなかった。
十時前、七瀬は「つぎ、ちーちゃんのとこ!」と言って、
走って出ていった。
十二時、食堂の前に、五人がそろった。
誰も、時間を決めていなかった。
赤飯と、鶏の照り焼き。
茶碗蒸しは、熱かった。
昼のあと、車庫に戻って、
工具を片づけた。
最後に、工具箱のいちばん上へ戻した、
10ミリのスパナ。